ムラサキの文学日記

短編小説、現代詩、俳句、短歌、随筆

跋文

経験とことば(俳句日記「かはうそ祭」跋文)

経験を言葉に変える、という話。 「すべては語られてしまった。」 フランスヌーベルバーグの騎手ジャン=リュック・ゴダールの言葉である。 すべては語られてしまった。 本当に誰も知らない物語なんて最早ない。創れない。 俳句という十七文字文学においても…

蟻の話(短編小説「海蟻」跋文)

蟻の巣の奥底には女王蟻がいる。働き蟻たちは女王蟻と子供の蟻たちのために働いている。 僕はこの話から蟻の王国のようなものを想像していた。 女王蟻は赤いビロードのソファにもたれかかって、毛皮の常套に身を包んでいると思っていた。 蟻の王国は女王のた…

わたしのことば(現代詩「腹が減る」跋文)

私の中は空っぽで 才能もないし興趣もないし 愛嬌もないし それに加えて主張もない 物を書くという習性だけが残っていて 今もこうして空っぽな言葉を書いている そういった空虚さで この文を読む方のお時間を 頂戴してしまうことは 心苦しいことなのだけど …

第三の選択肢(短編小説殺人するか心中するか其れが問題だ跋文)

選択肢があるということ。 昼食を食べようと食堂に入った。 ランチを注文しようとするとAランチとBランチがあるようだ。 AとB、どちらにしようかと迷う。 AとBのどちらかで迷っている人は気付いていないが本当は選択肢はもっと沢山ある。 ランチ以外のメニ…

細胞膜に身を包むということ(現代詩エンベローブ跋文)

ウイルスはタンパク質から作られた膜を持つエンベロープウイルスと、膜を持たないノンエンベロープウイルスがいる。 アルコールはエンベロープタイプの皮膜を溶かすので不活性化に効果があり、ノンエンベロープのウイルスには影響を与えないと言われる。 ノ…

猫と翼について(猫だって翼があれば飛べる跋文)

猫と翼について 翼のある猫の写真を見たことがある。およそ飛べそうな翼ではなかったが。 もしかしたらフェイク写真だったかもしれない。 黒い猫だった。 そう言えば「虎に翼」なんて諺もあった。 意味合いは「強くなり過ぎる」。 虎のために翼を作ることな…

私性と俳句(俳句日記「初詣」跋文)

「初詣 僕たちは同じものを見ている」 「私」が詠まれる俳句はあまりないように思われる。 (冷たい)などの感覚や(うれし)などの感情は詠まれる。 だが、私や僕など一人称を使う俳句はない。 俳句の視点がそもそも「私」を中心に展開しているからで、それ…

カッパドキア(短編小説 岩窟の村跋文)

穴居人たちがカッパドキアに暮らしていた。穴居人などと呼べば如何にも非文明的な響きだが、今やカッパドキアの穴居生活はインフラが整備されて現代的なモダン・ライフである。 カッパドキアは砂岩の織りなす地形で、長い年月をかけて風が岩を削り奇岩が目立…

死者との邂逅(夜のプールと古代生物 跋文)

死んだ祖父に会った時、思ったよりも活き活きしていて僕は「なんだ」と間の抜けた感想を持った。「なんだ」が何を意味するのか、世の中のモラルに照らし合わせて説明できる自信がないので詳細は割愛する。 ともあれ病院で死亡診断の済んだ死体に僕は面会した…